富山県 |10年先の未来をつくる富山県全域を巻き込むブランディング戦略
CHALLENGE
OUTCOME
人口減少・少子高齢化が進む中の新型コロナによる厳しい経済情勢に対して、富山ならではの勝ち筋を見出すため、2022年に策定された「富山県成長戦略」。ウェルビーイングを核とした戦略のビジョンを「幸せ人口1000万~ウェルビーイング先進地域を目指して~」と掲げ、関係人口1000万人を目指す。この数字を達成すべく、数千~1億の関心人口を創り出すため、全国、全世界から人々を惹きつけるためのブランディング戦略を策定。戦略実行フェーズにおけるクリエイティブディレクションを手がける。
魅力度ランキングや観光で行きたい都道府県など、様々な調査で中間層にランクインする富山県。良くも悪くもない、中途半端な立ち位置はつまり「印象がない」ということ。この状況を打破するため、日本だけでなく世界の人々にとって富山が「行ってみたい目的地」となるようなわかりやすい「富山=○○」が必要と考えた。
富山県成長戦略の6つの柱の1つとして策定されたブランディング戦略。「富山=ウェルビーイング」を確立する「○○といえば富山」を創出することを目標に掲げた。
行政主導のブランディングでありがちなのは、「尖ったことをやりたい」と最初は考えていても、公平性を重視し、住民アンケートやステークホルダーとされる人々の意見をあれもこれもと盛り込むうちに、どこにでもあるメッセージが完成するというケース。そのような自体を避けるため、NEWPEACEの高木が座長として就任した富山県成長戦略のブランディング戦略プロジェクトチームでは3名という少人数に委員を絞り、世界から人を呼び込むための「富山=○○」とは何かを半年以上かけて徹底的に議論した。
「すし」であれば、富山で育まれた食文化や関連産業といった本県の強みを生かせるとともに、国内のみならず世界に対してもインパクトを与えることができると考えた。
半年かけた議論の結果、行き着いたのは「富山=すし」。わかりやすい観光地や名産品ではなく、「これまで感度が高い人たちが富山に来て感動したポイントとは?」を紐解き、山から海の高低差4000mのダイナミックな地形による富山湾特有の豊かな魚種、美味しい水が生み出す米と酒などの食の豊かさ、刺身や寿司に馴染みがあるという生活文化、訪日外国人が美食を求めて旅をするといった世界の時流などの要素を踏まえ、これをひとつの体験価値として結実している具体は「すし」だという答えに行き着いた。
この「富山=すし」という一点突破のブランディングの必要性を県に対して提案。明確で効果的な発信のためには、バランスよりも「選択と集中」が重要なことを訴えた。今は寿司が美味しい県ランキングで北海道が不動の1位となっているが、この状況を覆し、10年かけて「寿司でイメージする都道府県で富山県を回答する割合90%」を目指すという目標を掲げた。
戦略を実現性高いものにするため、KGIを10年で県外からの認知度90%、県民の推奨意向90%に引き上げると設定した。
ブランディング戦略を作るところまでがピークで実行・浸透は担当部署が一事業として遂行するといった展開が多くの自治体でみられるなか、既存部署とは別に「ブランディング室」の設置を提言。これを踏まえ、富山県庁では知事を本部長とする「ブランディング推進本部」が設置され、戦略の実行部隊として「ブランディング推進課」を新設。民間の視点から戦略実行に対して助言をするクリエイティブディレクターとして高木が就任し伴走し続けることで、この目標を本気で達成する体制を構築した。
定期的に開催される「ブランディング推進本部会議」は知事をはじめ、県庁内の部局のトップが出席し、マスコミ全公開のなか実施される。年間の取り組みの進捗や各部局の施策や連携強化について、クリエイティブディレクター出席のもと報告と共有が行われるなど、部局だけの縦割りや行政の偏った視点による戦略遂行とならない仕掛けが組み込まれている。
まずは県職員自らが発信することを目指し、富山湾で獲れる様々な魚種(すしネタ)を記号化し配置した名刺を制作。イラストや写真ではなくあえてデフォルメ化することで、県庁職員によるコミュニケーションが生まれる仕掛けに。(AD 羽田 純:ROLE)
これまで様々な企業のブランド開発に携わってきた経験・スキルを活かし、より俯瞰的な視点からブランディング推進施策に関与し、アドバイスする外部人材として、高木が富山県クリエイティブ・ディレクターに就任。
引用元:とやまソフトセンター ご当地CH
プロジェクトチーム発足から、約1年。2023年6月、ブランディング推進本部会議で「寿司といえば、富山」を10年かけて目指して「普及啓発」「人材育成」「環境整備」を一体的に推進していくことが県から発表された。目指す姿の実現に向けて、産業を乗り上げていくためには、新たな作り手の集積が不可欠と考え、単なるPRに留まらない人材育成や環境整備まで踏み込んでいくことを宣言した。
発表後、県内のテレビ、新聞に大きく取り上げられ、県担当者も私たちも予想を超える反響となった。「海側に偏った意見だ」「寿司で人を呼べるのか」などの県内の厳しい意見から、「ぜひ協業したい」などの県内外の企業からのポジティブな反応までまさに賛否両論。
行政の発信は、批判的な意見を避けるため無難なメッセージになりがちで結果的に誰にも響かないということがしばしば見受けられる。一方で「寿司といえば、富山」の宣言は、「飲み会で『寿司といえば、富山』について盛り上がった」「東京の鮨屋でも話題になった」といった声を聞くなど、富山県民や富山に関わる人々の様々なシーンで話題に上がるニュースとなった。
戦略の発表以降、感度の高い人たちを通じた発信を狙い、編集者や美食家たちを富山に招き、寿司を五感で体験してもらうためのイベント「SUSHI collection TOYAMA」を開催。民間団体主催で、能登復興のための「ご当地回転寿司フェスティバル」が開催されたり、県と同時期に富山市でも「すしのまち とやま」を宣言し、富山駅でのます寿司の食べ比べイベントや、市電を使ったオリジナルラッピングを走らせるなど、寿司で富山を盛り上げる取り組みが次々と生まれていった。
編集者や美食家などを招き、寿司をきっかけに、富山の食の魅力を理解し、五感による体験を提供した「SUSHI collection TOYAMA」。
ミスター富山”を自称し、プライベートでも富山の寿司をよく食べにくるという“富山大好き”な俳優・石原良純さんを起用し、富山の寿司の美味しさや、その理由を伝えるPR動画を公開。
とやまミライラボによる小学生がデザインした「寿司といえば、富山」ラッピング電車と富山市の「すしのまちとやま」ラッピング電車が運行された。
「すしのまち」だけでなく、「ガラスの街とやま」を推進する富山市では、富山市観光協会と富山ガラス工房とのコラボ企画として「ガラスのお寿司制作体験」や「ガラスのおすし根付がもらえるおすしGACHA」を実施。
引用元:富山市観光協会
ロゴをあしらったZOOM背景。県のサイトから申し込めば誰でも使える形となっている。
人材育成事業の一環として実施した若手寿司職人育成チャレンジショップ「寿司挑(すしちゃれ)」。開店前から長蛇の列ができ、若手職人の育成とPRの機会となった。
2025年1月には公募を経て制作された県内の飲食店や企業が自由に使えるオリジナルロゴを発表、3月には美食地質学の観点から富山の寿司の魅力を紐解く書籍が発売されるなど、今後も様々な企画が予定されている。 また、県の人材育成の一環である県内の寿司職人に一定期間弟子入りができる「寿司職人お試し就職支援制度」は徐々に採用が決まり、今後は参加店舗を拡大していく予定だ。
さらに、行政ではなく民間主導の取り組みとして、2025年秋には富山駅前にすし職人学校の設立が予定されているほか、世界から美食家が訪れる東京のミシュラン星付き鮨店が鮨オーベルジュを富山県内に開業予定であったり、「寿司といえば、富山」を盛り上げる勢いはどんどん加速している。
2025年1月7日にアメリカの「ニューヨーク・タイムズ紙」が「2025年に行くべき52カ所」を発表し、その中で富山市が選定。
引用元:日テレNEWS NEWS NNN
2024年の総務省の家計調査では、金沢市を追い抜き、富山市がすしの支出額で初めて1位を獲得。県内だけでなくでも首都圏で大きく報道された。
引用元:TBS NEWS DIG
戦略発表から約2年。良くも悪くもない中途半端な立ち位置で「印象がない」というポジションだった富山の印象が変わりつつある。2025年1月にはアメリカの「ニューヨーク・タイムズ紙」が「2025年に行くべき52カ所」を発表し、その中で富山市が選定され、県内外で驚きの声が上がった。ニューヨーク・タイムズは富山市を「混雑を避けて文化的な感動と美食を楽しめる」街と評価した。
さらに2月に総務省から発表された2024年家計調査では、富山市が金沢市を追い抜き、すし(外食)への支出額で初めてトップとなり、テレビ、新聞などが取り上げ、大きなニュースとなった。これまでの「金沢は消費地、富山は生産地」というポジションが徐々に覆りつつある。
戦略策定の当初掲げた”日本だけでなく世界の人々にとって富山が「行ってみたい目的地」となるようなわかりやすい「富山=○○」”の確立に向けた兆しがようやく見えてきている。10年かけた挑戦はまだ道なかばであり、戦略は都度ブラッシュアップしながら推進している。富山県との二人三脚で、この先も多くの企業・団体、人々を巻き込んだムーブメントを起こしていきたい。
高木 新平
事業統括 / Creative Director富山県成長戦略会議ブランディング戦略プロジェクトチームの座長として、全体戦略の設計。2023年からは富山県クリエイティブディレクターに就任し、戦略実行フェーズのディレクションを担う。
中島 いずみ
Producer戦略設計、実行フェーズにおいてプロデューサーとして参画。元・行政職員の知見を活かし、県担当者との橋渡し役を担う。