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“自分らしさ”を抱きしめて輝ける社会を創りたい!広告業界には戻らないと思っていた私がNEWPEACEに転職した理由【エントリーブログ】

はじめまして!

今年の9月にNEWPEACEに入社した岡本 恵(おかもと めぐみ)です。

私は新卒で総合広告代理店に入社し、その後国会議員事務所でのアルバイトを経て、NEWPEACEに転職しました。

 

体調を崩し、一時期は「もう広告業界には戻って来ない!」とまで思っていた私が、どのようにNEWPEACEに出会い、なぜ入社を決断したのか。

 

そしてNEWPEACEで1ヶ月過ごして感じたことを、思いのままに書いてみます。

 

今読んでくださっている方にとって、このブログが新たな一歩を踏み出す勇気やきっかけになれば嬉しいです。

 

自分の中にある「偏見」と「固定概念」に初めて気づいた高校時代

 

小さい頃からずっと「いい子」のレールを踏み外さないように生きてきました。

どうすれば「普通」に見られるのか。「変」じゃないのか。

「女の子らしく」と言われればそうするし、「XXはダメ」と言われれば何も考えずに従う。

とにかく期待に応えるために、必死で仮の自分を演じてきたように思います。

 

幼少期にドレスを着ている写真

 

そうしてあっという間に高校生になり、具体的な夢も定まらず、大学受験に悩んでいた高2の春。

現代文の授業の冒頭で、担当の先生が突然「りんごを思い浮かべてください」と言いました。

哲学の授業が始まったのか?と思いながら「赤りんご」を思い浮かべた私。多くのクラスメイトも「赤のりんご」を思い浮かべたようでした。

そして現代文の先生が一言「これが固定概念と呼ばれるものです」と。

 

これまで自分の中にある「偏見」や「固定概念」を見つめたことがなかった私にとっては、衝撃の出来事でした。

「〇〇が普通」「〇〇じゃなきゃ」という社会常識が日常にありふれていたこと、そうした社会の常識がいつの間にか私の当たり前になってしまっていたこと。

今思うと短絡的思考だなとも思うのですが、当時 “日本” という “単一民族思考” が根付いた島国にいることも、偏見や固定概念の形成を助長する1つの要因なのではないかと考えた私は、海外大学へ進学することを決意しました。

 

NPOでインターンをしていた私がなぜ広告業界に足を踏み入れたのか

 

世界40カ国ほどから学生が集まる大学での生活は、毎日たくさんの刺激に溢れていました。

全寮制で小規模の大学だったということもあり、授業内ではもちろん、昼夜問わず様々な場所で、共に学ぶ学生たちと「社会をより良くしていくためにどうしたらいいか」について対話を重ねました。

 

大学時代、フィールドワークでChicano Parkを訪問

 

入学して1番初めに衝撃を受けたのは、全入学生に必修で課せられていた「Not Anymore」という性教育プログラムです。

いくつかのビデオ学習を通して、性的同意・デートバイオレンス・セクシュアルハラスメントなど、学生生活で起こりうる性暴力について学び、防止のための教育をするというものでした。

今年の6月に「不同意性交等罪」が成立されたのは記憶に新しいですが、大学入学前までは性教育はほとんど受けてこず、性的同意の概念も全く知りませんでした。

これまで何も考えずに「社会に教えられてきたこと=正しい」と思って生きてきたことを深く反省した出来事でした。

 

それからの大学生活は、これまでの人生で自分の中に構築されてきた “当たり前” を考え直し、深く根付いた固定概念をアンラーニングしていく作業の繰り返しでした。

専攻していた文化人類学では、主に性教育・フェミニズム・家父長制・ジェンダー・セクシュアリティについて学び、様々な角度から、社会構造により構築された常識や固定概念について考えを深めました。

 

大学の学問を通して、「教育」と「性教育」に大きな関心を持ち、大学時代はそうした教育・性教育にまつわる活動をしている2つのNPO団体でインターンをしました。

どちらの団体も本当に志が高く、大きなミッションに向けて一緒に活動することが楽しくあっという間の時間でした。

しかし、濃厚なNPOでの活動の中で「社会貢献活動は世の中を変える力がある」と実感する一方で、マネタイズという大きな壁が立ちはだかっていることにも気づきました。それまで「ビジネスは悪」「アンチ資本主義」思考だった私にとって、より持続可能な社会的インパクトを創るためには、ビジネスの知識・経験が必要不可欠だと学び、この経験はその後の私のキャリア形成における重要な軸となりました。

 

大学3年生後期にコロナが直撃し、突如日本へ強制帰国。

図らずもではありましたが、当時まだ大学院進学と就職で悩んでいた私にとっては、「日本での就職」を真剣に考え始めるきっかけになりました。

しかし、NPOでのインターンの経験を受け、ビジネスの世界を体験したいという気持ちはあるけれど、あまり気が乗らない。どの業界・職種に進みたいのかもわからない。

そんな時に出会ったのが、貝印株式会社の「#剃るに自由を」という広告でした。

貝印というカミソリを売る会社が、剃毛・脱毛に関する価値観の多様性を発信していくことに、大きな衝撃を受けたことを覚えています。

 

それから広告業界について調べ始め、業界内で、クリエイティブで社会課題を解決するアプローチが広まっていることを知りました。

「これこそ、私自身も苦しめられてきた、社会のステレオタイプを打破し、様々な人が生きやすい社会の実現に貢献できる道ではないのか!」

そう思った私は、新卒で総合広告代理店への入社を決めました。

 

新卒1社目で経験した理想と現実

 

広告代理店と聞いて多くの方がイメージされるように、1社目はとにかく激務の毎日でした。会社の規模が小さかったこともあり、入社間もない頃からプロジェクトの主要メンバーとして関わらせていただいたり、自身の考えた企画を実際に提案する機会をいただいたりなど、忙しくも楽しい毎日を過ごしていました。

 

特にジェンダー・サステナビリティ・国際問題に興味があり、広告を通して社会課題解決をしていきたい!という自身のビジョンを積極的に社内の人に共有していた結果、近しいプロジェクトがあると声をかけていただいたりと、多くの場面で、仕事に当事者意識を持って取り組むこともできました。

 

その一方で、様々な業種の大企業に向けて、マスコミュニケーションに偏った金額感の大きい提案を繰り返す中で、「届いて欲しい人に伝わっているのだろうか?」「誰かのためになっているのだろうか?」と自問自答を繰り返す日々が続きました。

 

疑問を持ち続けながらも日々無我夢中で働き続けていましたが、入社1年弱で体調を崩してしまい、退職の決断を余儀なくされました。

 

私にとっては、非常に大きな挫折の感覚でした。希望に溢れて入社を決めたはずだったのに、頑張りきれなかった自分が許せなかったのだと思います。(※今現在は頑張りきれなかったわけではないと考えていますが、少なくとも当時はそう感じていました)

 

数ヶ月の休養の後、国会議員事務所にてアルバイトを開始。

行政ってそもそも何してるの?というレベルの理解から、日々国会で起こっていることを間近に見る中で「官民連携の重要性」を感じた、とても有意義な期間でした。

 

そうした中で改めて転職活動を始めたきっかけは、やはり、新卒就活時から軸としていた、「ビジネスの分野で社会課題に向き合うということ」をもう少し続けてみたい、と思ったからです。

 

転職活動中に訪れた旅先での写真

 

 

実は私のずっと側にいた、NEWPEACEとの意外な接点

 

1社目退社のトラウマもあった中で走り出した転職活動は、なかなか自分が思い描いていたようにはいきませんでした。

広告業界には戻りたくないという漠然とした感情と、私が転職を通して叶えたい理想の間で右往左往していました。

 

ある日、藁にも縋る思いで転職エージェントさんに相談。

すると、初回面談開始の30分後に、エージェントさんから「NEWPEACEさんどうですか?」と言われました。

 

「NEWPEACE…?初めて聞いた社名だな…」

不安を抱きながらも検索して辿り着いたコーポレートサイトのミッションに掲げられた、「価値観を仕事にする」「社会を “常識” から解放する」という文字を見た時の胸の昂りは、今も忘れられません。

 

転職するというゴールは一旦置いておいて、ここで働く人たちと一度話がしてみたい!

その一心でエントリーをし、気づいたら入社に至っていました。

 

選考前までNEWPEACEという会社は知りませんでしたが、その後面接を重ねる中で、自身とNEWPEACEにあまりにも多くの接点があったことに気づいたときは、とても驚きました。会社名こそ知らなかったものの、NEWPEACEがこれまで行ってきた取り組みにはたくさん触れていたのです。

 

NEWPEACEの自社コミュニティだったCreative Studio REING(リング)のインスタグラムは大学時代からフォローをしており、性別二元論に囚われない表現の発信にずっと感銘を受けていました。

 

私が人生で1番愛したアパレルブランド、LEBECCA boutiqueとNEWPEACEが事業運営していた6curryがコラボしていたことを知った時に受けた衝撃は忘れられません。

 

お気に入りのLEBECCA boutiqueのワンピースを着ている様子

 

また、NEWPEACEの自社コミュニティIWAKANが運営しているpodcast「なんか IWAKAN!」の大ファンで、いつも配信を聞いていました。

 

さらに、NEWPEACEがDEIBプロジェクトの1つの取り組みとして作成された「インクルーシブ履歴書」は、たまたまTwitterで見かけて、非常に良い取り組みだなと感じていました。

 

はたまた、新卒時、1社目入社直後に渋谷109前で「#しかたなくない」のキャンペーンを見て、「私もいつかこういう仕事ができる人間になりたい」と思ったことも記憶に新しいです。

 

NEWPEACE入社の大きな決め手となった「安心感」

 

入社して早2ヶ月。

当時広告業界には戻らないとまで思っていた私が、NEWPEACEという選択をしたのは、今振り返ると大きく2つの理由があると感じています。

1つ目は、新卒時に掲げていた「クリエイティブを通して社会課題解決に貢献したい」という目標にもう1度挑戦したいという気持ちが湧き上がってきたこと。

様々な不安やトラウマの経験から、掲げた目標を諦めかけていましたが、NEWPEACEがこれまで社会に届けてきた「#しかたなくない」プロジェクトや「IWAKAN」に改めて心が動き、励まされ、もう1度チャレンジしたいと素直に思うことができました。

 

2つ目は、NEWPEACEへの入社が私自身にとって1番安心する選択だったということです。転職活動中に複数企業と面接をしましたが、その企業で安心して働ける未来が描けないと感じたことも多くありました。

 

そんな中、NEWPEACEは面接の段階から、私がどんなビジョンを持っていて、今後どんなキャリアを描いていきたいのか、どんな社会を作っていきたいのかに真摯に向き合ってくれました。

 

ある面接時、私が新卒当時から持ち続けている、「『すべての人が固定概念の鎧を脱いで、 “自分らしさ”を抱きしめて輝ける社会』を創る一員になりたい」というビジョンを共有した時には、どうしたらそのビジョンに近づいていけるのかについて、熱量高く議論を交わしてくれました。一面接者に対しても誠実に向き合ってくれるその姿に、「NEWPEACEは本気で従業員を大切にしている会社なんだ」と感じたことを覚えています。

 

そして、面接プロセスの中でNEWPEACEのDEIBの取り組みについてのブログを読んだことも、安心を感じる大きな理由の1つになりました。

何かあったら相談できる環境が整っており、そうした環境に前向きな企業文化が醸成・浸透していることは、NEWPEACEへの転職を決断するにあたって非常に重要なポイントだったと感じています。

 

最後に、NEWPEACEは、想像していたよりもずっと「不完全」な会社です。

不完全というのは全くネガティブな意味ではありません。

その根本は、NEWPEACEがミッション実現のために掲げている3つのWAYの2つ目である「Change for Growth(変化を選び取る):ミッションの達成に向けて、常に挑み、学び、変わり続けることで、変化の時代を楽しみ、真の成長につなげていく」に通じているのだと思います。

 

クライアント・社会に対してより良いものを提供するために、1ミリも手を抜かない。1つ1つの案件に、最大限の熱量で向き合い、最善の解を出すために、日々変化し、成長し続けている会社だと感じています。

 

改めて、これから私自身のWhy(意思)を表明し、行動し続け、NEWPEACEの仲間と共に、社会・世界を変える仕事をしていきたいです。

 

NEWPEACE入社式

 

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